軍人皇帝時代・三世紀の危機
2004年5月16日

「軍人皇帝時代・ローマ帝国三世紀の危機」と「ローマ帝国衰亡の原因」とを合わせてまとめるとともに、新たに市民精神の観点から考察し、ディオクレティアヌス帝とコンスタンティヌス帝に関する記述を追加した「ローマ帝国衰亡の原因・カルタゴの復讐」が書籍「哲学の理想」に掲載されています。

2011年1月5日



「ローマ帝国衰亡の原因」の探求の延長として次の論考を発表します。


 カラカラ帝が212年に出したアントニヌス勅令により、ローマ帝国は大きく変質していき、ローマ帝国は三世紀の危機を迎えます。アントニヌス勅令により「帝国の紐帯とてしてのローマ市民権」が失われたのです。
 「帝国の紐帯としてのローマ市民権の喪失」はローマ人の心性に大きな影響を与えました。その一つが重装歩兵の維持ができなくなったことです。重装歩兵は市民的精神に基づく兵種であり、厳しい修練と集団的精神を必要とします。その根本にある市民的精神がローマ市民権の開放により失われたのです。軍団兵の誇りであったローマ市民という資格が失われたのです。その結果、重装歩兵は弱体化し、蛮族に対する優位も失われました。市民的精神に基づく重装歩兵こそが、文明の優位を確保していたのです。そこで、ガリエヌス帝時に、蛮族と対等に戦うために、維持が困難となった重装歩兵を捨て去り、騎兵を根幹となる兵種としたのです。
 そして、ローマ市民権の開放は政治的にも大きな意味を持っていました。皇帝は元老院とローマ市民(実質的にはローマ市のローマ市民)が選出していました。しかし、属州民もローマ市民となることで、その正統性に疑問が生じました。
 ローマ市のローマ市民が全ローマ帝国を代表していないことは明らかです。それに対して、属州からの人材を多数受け入れてきた軍隊こそ、ローマ市民の代表ではないかという気運が生じ、軍隊が自らの意思を貫いて皇帝を選出するようになりました。重装歩兵による文明の優位が失われた結果、蛮族は帝国内に頻繁に侵入するようになります。これに対処する軍隊の地位が向上したことやセヴェルス朝の軍隊優遇も軍隊による皇帝選出の理由です。
 他方、元老院はそれまでのローマ市民を伝統的に代表していたが、果たして新しく市民となった旧属州民は代表しているのかという疑問が生じました。これに対して、元老院は悪い対応をしました。属州も代表することを示さねばならなかったのに、属州出身の皇帝(マクシミヌス帝)を拒否したのです。これにより、元老院の権威は損なわれて行きました。
ガリエヌス帝
ガリエヌス(218年頃 - 268年)
Bust of Gallienus,
in the Musee du Cinquantenaire, Brussels
(C)Saperaud
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From Wikimedia project
 そして、260年に大事件が起こりまし。代々の元老院階級に属するヴァレリアヌス帝の捕囚です。その結果、ガリエヌス帝は軍隊と元老院を分離する法律を成立させます。元老院議員の市民精神が薄くなっていたこと。元老院議員が軍隊を率いて戦いに勝利できる自信を失ったこと、勝利するには軍事のプロでなければならず、元老院階級を軍事のプロに育てる余裕が失われたこと。これらが理由でしょう。このことは重大な意味を有していました。帝国は危機にあり、軍事的能力が求められていました。そして、皇帝は軍隊のトップに立ち、自ら軍隊を率いて戦う存在です。軍隊から切り離された元老院議員は皇帝となる資格を失ったのです。
 260年の危機はアウレリアヌス帝の活躍により収拾されます。その際、元老院階級はガリア帝国の降伏において大きな役割を果たします。この時点では市民精神が薄れたとは言え、まだ力を発揮したのです。それが、260年の危機が帝国の崩壊にならなかった理由でもありました。
 しかし、ここで元老院は大きな間違いを犯します。275年に非業の死を遂げたアウレリアヌス帝の後継者として老齢の元老院議員を選出したことです。元老院議員は皇帝となる資格を失っていたのだから、元老院は最も有能な軍人を選出してその権威を保たねばならなかったのです。そうすれば、これからも皇帝を選出して権威付け、帝位の安定・帝国の安定に貢献できたのです。軍隊は一度目は元老院の選出した皇帝に従いました。しかし、二度目は無視しました。
 その後に、ディオクレアヌス帝が専制君主化して軍人皇帝時代は終わります。元老院が形骸化します。それは市民精神との別れでもありました。ローマ帝国に他の帝国とは違うパワーと永い命を与えてきた市民精神と別れを告げたのです。
この論考は「ローマ人の物語」12巻(塩野七生著、新潮社刊)から知識を得ています。



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