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 真の現在史










                                 2009年11月13日


「日本というのは古い歴史と優れた伝統を持つ素晴らしい国なのだ。私たちは日本人として我が国の歴史について誇りを持たなければならない。人は特別な思想を注入されない限りは自分の生まれた故郷や自分の生まれた国を自然に愛するものである。日本の場合は歴史的事実を丹念に見ていくだけでこの国が実施してきたことが素晴らしいことであることがわかる。嘘やねつ造は全く必要がない。個別事象に目を向ければ悪行と言われるものもあるだろう。それは現在の先進国の中でも暴行や殺人が起こるのと同じことである。私たちは輝かしい日本の歴史を取り戻さなければならない。歴史を抹殺された国家は衰退の一途を辿るのみである。」(『日本は侵略国家であったのか』9頁/田母神俊雄著)

この論旨には大賛成である。強く正しくあらなければならない日本軍を生んだ武士の伝統は特筆すべきである。

「大東亜戦争の後、多くのアジア、アフリカ諸国が白人国家の支配から解放されることになった。人種平等の世界が到来し国家間の問題も話し合いによって解決されるようになった。それは日露戦争、そして大東亜戦争を戦った日本の力によるものである。」(『日本は侵略国家であったのか』7頁/田母神俊雄著)

確かに、日本の戦争の結果、アジア、アフリカ諸国の解放が進んだ。だが、日本は、第二次世界大戦では、主権国家の独立や自由と民主主義を尊重する側ではなく、普遍的人権を否定し主権国家を併呑する側に立って戦ったことも事実である。日中戦争も侵略と考える。
 しかし、そうであったとしても、現在の日本が「古い歴史と優れた伝統を持つ素晴らしい国」であることに変わりはない。アメリカは奴隷制度を有していた。米墨戦争でメキシコ領土を併呑した。しかし、現在のアメリカをそのことで奴隷国家・侵略国家であるなどと非難することはできないだろう。アメリカ自身も自国を誇っている。日本も一時の過ちを認めて、日本国憲法の下、平和国家として努力してきた。このことにより、一時侵略を行ったが、「古い歴史と優れた伝統を持つ素晴らしい国」だと十二分に胸を張れる。反省すべきことは反省してこそ、世界から尊敬される日本となる。
 こうして「救世の業が行われ、神の国の礎となる美しい国が日本である」という神国思想は、太平洋戦争の敗北(1945年8月15日)により否定されたと考える。日本の一時の過ちを咎めた神が一時的な懲罰と試練を敗北により与えたのである。もちろん、特別攻撃隊の心情と行動は尊いが、過ちがあったからこそ、神風はそよとも吹かず敗北したのである。「終戦」などとごまかさずに率直に敗北と捉えるべきである。
 間もなく、戦勝の超大国、アメリカとソ連が対立し、冷戦を戦うこととなる。西側の自由主義と東側の唯物論に基づく社会主義の戦いであった。西側では、自由主義の下、戦前からの哲学・思想の探求が行われ続けた。戦前からの現象論と実存主義の流れが続いたが、戦後新たに、構造主義が現れ、ポスト構造主義へと進み、遂には哲学の脱構築を目指すに至った。
 日本国民は、神の試練によく応え、経済大国を建設していった。西側の一員である日本では、日本国憲法の下、自由主義が貫徹された。基本的にとまどうほどの自由が溢れた。その思想・良心の自由の下、西洋の哲学と東洋の思想が出会うここ日本に、哲学の理想を実現する「第一哲学」が現れた。第一哲学は、現象学者フッサールの言う「厳密な学としての哲学」である。国語辞書には循環的定義がよく見られる。ある語を引くと別の語を引かねばならず、別の語を見ると、最初の語が説明に使用されている。こんな矛盾を解消するのが第一哲学である。基礎となる範疇から言語全体を構築するのである。概念を定義したその用語に従って記述すれば、文章の意味の曖昧さがなくなる。どんなに複雑な意味でも伝えられる。その哲学的言語を使用して、我々の住む現実世界の構造を明らかにした。現実世界に対する疑問の解消を大いに進めるものである。諸学知を統合して原理的に基礎づける普遍学が樹立されたのである。人間存在と世界の構造を解明するとともに、合理的な世界観と世界のモデルを提供した。下部構造に対して自律的な上部構造の仕組みを明らかにし歴史変動の一般理論を提示することともなった。

「この多様性が、あるひとりの新しい、世界をおおい包むような思想家によって、一つの新しい、強大な体系のなかへ封じこまれる」(『世界の思想史』下289頁/シュテーリヒ著/白水社刊)

これが実現したのである。形而上学の完成、哲学の完成が一応成就したのである。光は東方から現れた。これは唯物論哲学の敗北を意味した。また、第一哲学の構築が成功したことは、脱構築の敗北も意味した。「第一哲学」を生んだ者の書簡などにより、「第一哲学」は密かに流布した。
 唯物論哲学の敗北の結果、唯物論に基づく社会主義国ソ連は革命(1991年)により崩壊した。ソ連崩壊の原因として経済の行き詰まりが言われた。日本ではテレビの力だと言う向きもあった。しかし、哲学・思想に基づくのが革命である。例えば、啓蒙思想によるアメリカ独立革命、フランス革命、社会主義に基づくロシア革命など。ソ連や東欧の社会主義が崩壊したのに、アジアの社会主義国が崩壊しなかったのは、イデオロギーよりも現実に基づく体制だったからであろう。
 しかし、第一哲学は世に現れなかった。完成させた人物が非力であるとともに、世の指導的立場の人々が完全に理想的ではなかったため、公式に認められることはなかったのである。そのため、哲学・思想の本流は見失われ、精神的空虚が世を蝕み始めた。
 ソ連の崩壊を自分たちの勝利、自由主義の勝利と思ったアメリカは、独善を強め、自由主義の政治と経済を世界に貫徹させるグローバリズムの道へと進む。また、精神的空虚の強まる中、ジェンダー理論に基づき女性の本質を隠蔽したフェミニズムが台頭した。フェミニズムは、自由主義思潮の下、少数者の自由を主張し、倫理・道徳の退廃の後押しをした。
 日本は経済大国として成功し、神国思想も見直されるようになった。太平の安楽の中、忍び寄る不安。宗教が予言する終末の意識がノストラダムスの1999年の詩に後押しされて広まった。しかし、1999年に予言される終末は到来しなかった。
 この間、経済の大バブルが破裂して(1990年)、不況となっていた。営々と続いていた科学技術の革新は、パソコンを普及させ、20世紀末からインターネットが張り巡らされるに至った。非力な者もインターネットの力を得て、女性の本質に基づいた哲学的考察によってジェンダー理論を打ち破った。しかし、インターネット上で発表されても、第一哲学は、いまだ公式に認められないままである。精神の閉塞感は高まってゆく。
 グローバリズムを推し進めるアメリカの独善は、イスラムの反発を招き、9.11テロ(2001年)を誘発した。アメリカの独善は、イラク戦争(2003年)の泥沼に逢着した。経済も、自由主義を貫徹した市場原理主義の「マネー資本主義」が蹉跌した。日本も実感のない好況から大不況に突入する。アメリカでは、黒人のオバマ大統領が実現し(2009年)、路線を修正するに至った。
 科学技術の進歩は産業の発展を生み、地球温暖化の危機をもたらしている。
 第一哲学を生んだ後も、非力な人物は努力を重ね、このような大危機の乗り切りを可能にする様々な業績を上げた。自由だが同質な社会は、高天原から排除された者の孤独な思考の揺りかごとなった。
 大宇宙への扉を開く負世界とn次元宇宙の理論も提示した。いわゆる虚数は我々の世界・正世界の実数に対して、負の数にあたる。この負の数は反重力物質を表わし、反重力物質世界・負世界では実数である。この負世界に突入して超光速飛行を行うには物質をまっすぐ進ませる一定の力積を宇宙船に与えればよいことを明らかにし、相対論の桎梏を克服した。科学未来都市を生む理論を示した。これらを生かせば、輝ける未来が待っているのである。銀河を天翔ける恒星船。星々を巡る旅行。異星人との遭遇。深宇宙の探検など。宇宙への夢がすべて実現する。ケンタウリ星への飛行プランをも示した。これらにより、宇宙大航海時代の扉を開くことが可能である。
 水瓶座時代の新社会の姿を明らかにした。人を殺すのは自由? 援助交際は善? リベラリズムは正義? 市場原理主義は最適? 世界連邦は空想? これらの疑問に答えた。
 道徳の退廃に対して、「善」と「正義」概念を明らかにし、倫理・道徳に哲学的基礎を与えた。現代社会は欲望を肯定し、快適さを追及している。倫理・道徳は失われようとしている。しかし、倫理・道徳は社会の調和を守って人間の幸福を増進するものではなかったか。封建道徳を復活させることはできないが、倫理・道徳が失われる前に確固たる現代的基盤を与えて、社会と人間の幸福を守りたい。人間の理想を回復したい。そのように願って、倫理・道徳に基礎を与える理論の新しい形を提示した。新しい《幸福の原理》を樹立したのである。カントは道徳の純粋性を保つため幸福主義を否定する。しかし、《幸福の原理》の体系を樹立すれば、客観的規範に従って義務に基づいた行為が行われるので、道徳の純粋性は保たれる。十戒も《幸福の原理》から説明可能である。個別の問題についても、《幸福の原理》は有効である。生殖医療の問題についても答えた。これらの考察に基づいて、自由な自己の幸福追求と他者の幸福の調整を狙った標準的規範を提案した。それとともに、行為の非難可能性を意思、行為、結果の関わりにおいて考えた。人間が価値を求めて努力をし、個性の花を開かせる多元的社会への道を切り開いたのである。
 歴史的な自由の思想について哲学的考察を与え、自由の本質、自由の限界を示した。人間性から見て望ましい自由の程度が存在することを示し、自由主義的立場と資本主義的想定を切り離したのである。自由の原則の貫徹は不幸をもたらすことを示した。
 実現すべき経済の姿を明らかにした。現行の市場システムを補完して日本経済を回復させる、恒久減税に優る最良の政策を案出した。その経済政策とは、電子マネーと情報ハイウェーとコンピューターデータバンクを結び付けて新しいコンピューター情報ネットワークを建設し、それを利用して価値資本を国民に贈与し、国民は価値資本を使って必需物資を購入でき、必需物資を売った者は価値資本が転化した、何でも購買可能な通常の現金が手に入る経済システムを構築するものである。価値資本は経済活動外で創出する特殊の性質を持った現金であり、財源の心配も無い。価値資本の贈与は、不当なものではなく、消費を増大させるがインフレーションの恐れも少ないし、日銀が通貨量を調整することもできる。財政税制改革も実現できる。
 目指すべき国際秩序を明らかにした。平和とは紛争が制度により安定的に解決されている状態である。現在求められる平和のための制度は国際秩序の枠組みを与え、人類共通の問題に対処できる権力を持ち、普遍的原理に基づき国際紛争に有効に対処できる世界連邦政府である。その世界連邦の形成原理と具体的な姿を示した。世界連邦体制では、国家が相対化され全独立国は法人税を納める。
 これらの業績が公式に認められず、世に現れないから時代が閉塞しているのである。これらは、大きな光であり、その光の存在はインターネットにより人々に知られた。にもかかわらず評価されず、社会に公式に認められない。光を認めないことは理想に対する裏切りであり、人の心に影が差すのだ。だから、世界を闇が蔽い、暗い時代となり、人々の心は閉塞感に包まれるのだ。
 そして、これらの業績が日本に現れたことにより、神国思想の重要部分が証明された。日本人はこれらの業績を生かす道を選んで、神国思想を完全に証明しなければならない。それは救世の行為となる。日本人一人一人が救世の善行を積むことができるのである。日本では、現在、閉塞感に包まれるとともに危機が進行している。その危機は次のような様相も伴っている。

「自衛隊は領域の警備も出来ない、集団的自衛権も行使出来ない、武器の使用も極めて制約が多い、また攻撃的兵器の保有も禁止されている。諸外国の軍と比べれば自衛隊は雁字搦めで身動きできないようになっている。このマインドコントロールから解放されない限り我が国を自らの力で守る体制がいつになっても完成しない。アメリカに守ってもらうしかない。アメリカに守ってもらえば日本のアメリカ化が加速する。日本の経済も、金融も、商慣行も、雇用も、司法もアメリカのシステムに近づいていく。改革のオンパレードで我が国の伝統文化が壊されていく。日本ではいま文化大革命が進行中なのではないか。」(『日本は侵略国家であったのか』8頁/田母神俊雄著)

 日本は、評価すべき業績は認め、理想を回復しなければならない。アメリカへの盲従は止め、市場原理主義を否定し、新経済システムを建設し、助け合いに基づく新社会を建設しなければならない。自信を回復した上で、救世の志を世界に示し、強く正しき日本国防軍とともに歩むべきだ。ただし、私も日米同盟を尊重すべきだと考えている。
 光が世に出て、地球人類が大峠を乗り越えることができることを切に願う。

※アパグループ第2回「真の近現代史観」懸賞論文応募作品(一部修正したものを掲載しています。)

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